摂取したアルコールが血の巡りを良くしたのか、軽い混乱も錯覚も既に解消されていた。記 憶の紐を手繰る必要もない。その名前に該当する人物は、一人だけ知っている。
「はい。慶長五年九月十五日、関ケ原の合戦に参加していた西軍の武将を指しているのであれば」
「すばらし記憶力だ、まさしくそのとおり。癩病を患っていて、袋のような頭巾で顔を隠していた武将だ。美談も知っている、負け戦を予感していたにもかかわらず、知己である石田三成に殉じて戦死した。個人的には歴史にも疎いし小説も読まない、しかし当時の人間関係は、経済書や人物書の類いで例に上げられることもあるので、まんざら興味がないわけではないが。ただ、君の口から慶長という年号が飛び出した時は、いささかびっくりしたがね」
「伯父の、歴史小説好きが祟った受け売りにすぎません」
「その手の本は、今でも読むのかね」
「たまには。人間関係が複雑に絡みあった関ケ原の合戦は、興味深いと考えているものですから」
「結構だ」
「その大谷吉継が何か?」
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