「不通になるのは当然だと思います。個人レベルでは、何度も利用する相手ではありませんから。もちろん、伯父の 場合は生きちゃいないので、会いたくても会えませんけど」
「亡くなったのかね?いつ頃?」
「十年前です」
「残念だ、あの時は良い仕事をしてくれた」
「ありがとうございます」
「理由はもう一つある。今日、君の着ているスーツは違うようだが、唯一好きなブランドがあるそうだね、それと、アク セサリーの類いとワインもそうだ。つまり、こだわる質だと考えたからだ」
「恥ずかしいです。稼ぎが悪く収入も安定していないのに、高価なものばかり好きで」
「人は自分にないものを欲しがる傾向が強い。私も一緒だ」
 湯浅は子供じみた笑みをもう一度だけ浮かべると、先程と同じように右手で湯飲みを掴んでお茶を啜った。右利き だからなのか、それとも左小指の第一間接から上が欠損しているからなのか、左手はテーブルの下に隠したままだ った。一度だけ喉の筋肉を動かしお茶を胃の中へ収めると、湯浅は言葉を続けた。
「“大谷吉継”という人物を知っているかね?」
 摂取したアルコールが血の巡りを良くしたのか、軽い混乱も錯覚も既に解消されていた。記憶の紐を手繰る必要も ない。その名前に該当する人物は、一人だけ知っている。


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