七階にある店舗は、私のオフィスだけである。そこそこのスペースが確保されているので、住居と兼用にしてある。ビルのオーナーにバスルームの設置を認めさせるには、現金よりも手間と根気が必要だった。玄関として使用している木枠のごっつい扉は、入居する以前のスナックの物をそのまま使っている。改装費用をケチった上に、カモフラージュとして利用できると考えたからだ。ビルの側面に連なる看板ですら、かれこれ十年間も無地のままである。身分を明かすのが気恥ずかしく思い、意図的にそうした。植木に遮られたような狭い通路を抜けたビルの正面入口には、六人乗りの小型エレベーター。六階以下は飲食店ばかりなので、程々の清掃が毎日行われている。その横には郵便受が設置してあり、私のスペースには∧株式リサーチ∨とでたらめな事業所名を記入してある。当然、電話帳にさえ掲載していない。人間どもの不潔な背中や足の裏、恥部や汚物に触れてしまう男女のトラブル調査を遠ざける為にだ。オフィスの所在を確認できる唯一の代物は、扉の内側に提げた正規の表札、《crazy fruit detective agency》金文字で誂えた自慢の表札のみである。伯父の助手をしていた頃は、別の街で別の名称だった。伯父が他界したのを期に仕事を引き継ぎ、地元であるこの街へ戻り開業した。

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