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  しばらくの間はビールを喉へと流し込むのに夢中になっていたが、すぐに秒針が奏でる音色が鬱陶しく耳に張り付くようになってしまった。喉を通過する濁音が、金銭面での不安を煽っている。その頃は、すでに缶ビールが味気ない液体へと変わっていた。斎藤の顔を潰すわけにもいかない、と言い訳を並べて安スーツに着替えたのは、飲み掛けの缶ビールを渋々と台所へ流し棄てた後だった。
 鳥肌を浮きあがらせながら、町田駅から新宿駅へと冷房の効きすぎる私鉄急行電車に四十分ほど揺られた。ホームから南口へと階段を昇り西新宿一丁目を擦り抜け、新宿中央公園方面へと歩く。指定された時間には、まだ少しの余裕があった。慌てる必要がないので、ビルの日陰をゆっくりと移動した。噴き出した汗で、くたびれたYシャツの襟首が汚れないよう配慮するのも忘れない。
 新宿中央公園横のホテルが目的地だった。長い建物の外観は見慣れていたはずなのに、このホテルだけはことさら長く見える。電車の中からでも充分に見えたのだから、この近所では一番のはずだ。そう考えたのは、都庁や他のホテルを見ようとしなかった為でもある。つまり、ゆっくり歩いていた理由は、単に汗だけを嫌っていたからではない。慣れない土地と慣れたくない空間で過ごすであろう憂鬱な数十分を、少しでも短縮したいと思うからだ。嫌々ながらの足取りは、どうしても視線が中央公園へと向いてしまう。充分に空調を効かせた高級ホテルよりも、適度な風と湿気を満喫できる公園の日陰が、私の性にはあっている。

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