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連日の猛暑、八月。絶え間なく放射し続ける太陽の熱量が、辺り一面を熱していた。空気密度の不均等とそこを通過する不規則な光の屈折、『陽炎』。街中に発生した無数の陽炎達は、行き場を失った呪縛霊のように漂っていた。
体を動かす度に軋む粗末な回転椅子に体重を預けながら、生まれ育った街並を眺めていた。発展の象徴として空へ伸びているのは、広大な敷地に生えた九十六メートルの高さを誇る超高層マンション。夏の盛りだというのに、陰に覆い被さる北側の壁面と鉄筋の非常階段はやけに涼しげである。超高層マンションから東西に数ブロック離れた墓地や寺院からは、蝉達の鳴声が響いていた。そこが彼らの生息地らしい。繁華街では夏の風物詩など絶滅に等しいが、蝉達の鳴声だけは毎年欠かさず届いている。蝉の声に紛れて、電車の走り去る音が聞こえた。JRと私鉄が交差している横長のこの街には無数の商店がひしめき、ビル、マンション、家屋がびっしりと敷き詰まっている。建物の連なりが所々に途切れて見える場所には、九十年代に急成長を遂げたタイムパーキング。鉄板に囲われた場所では、ビルやらマンションの建築現場。繁華街を中央から分断しようとしている拡張途中の道路には路上駐車の車が溢れ、二カ所のバスターミナルに挟まれたメイン通りと町田街道には、蝉の鳴声も酷い騒音と排気ガスでまみれていた。コンクリートとアスファルトで塗り固められたどこにでも存在する街。過去の面影を消失させながら半永久的に発展し続けるであろう街の変化だけが、時の流れの道標だった。
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